なんでこんなことになったか、なんてことは最早どうでもいい。その理由を理路整然と語ってもらったところで何の役にも立たない。恨み事を言う相手が明確になったからと言って、この時点において、状況が変わるわけでもない。
広明は溜息を吐きそうになったが、この状況に陥っているもう一人、隣に立つ和哉に知れると要らぬ気を回して落ち込ましてしまいそうなので、寸でで止めた。
「ちゃんと条件があるからな、それはきっちり守れよ。」
この状況を作ってくれた張本人は、細身のサングラス越しにキラリと瞳から光を放ち、尤らしい顔をして確認してきた。諸悪の根源、言い出しべぇY尾さん。
「忘れてませんよ、『手を握って』でしょ。」
すい、と広明は隣に立つ男の手首を取って、向いに立ったサングラスの男に見せるように肩の高さまで上げる。
いきなり手を取られた和哉はびっくりして広明の顔を見たがそれだけだった。普段に比べるとやっぱり口数が少ない。
「それじゃ和哉が一方的に掴まれてるたけじねぇか。『握る』ていやあ恋人繋ぎだろ。」
おら、手だせ、とサングラスの男は『恋人繋ぎ』のやり方まで指導してきた。
じゃんけんのパーの要領で掌を開いて広明の左手と和哉の右手の掌同士をくっつける。掌の中心を軸にして互いが逆方向に回転させるようにずらす。それだけで互いの掌の熱がジンワリと相手に伝わる。
指の間に相手の指が来たところで指を曲げる。指先が相手の手の甲に触れたら『恋人繋ぎ』の完成だ。
さらにY尾さんは自分の両手で繋がれた手の甲をぐっと挟み、
「もっとぐっと、ぐっと握っとけ。飛んだ拍子に放さないようにな。」
と、力をいれるように指導する。
「いっそ赤い紐ででも括りますか。」
それまで黙って指導を仰いでいた和哉がおもむろに口を開いた。
一斉に二人分の視線が飛んできて和哉は少し驚いたような顔をして、途端に恐縮した。
「おまえ、それじゃ心中になっちまうぞ。」
広明の少し呆れた声に、あ、やっぱりボケを間違えたか、と和哉は小さくなってしまい、
「地獄の底までH田について行こうっていう和哉のその心意気が好きだぞぅ。」
Y尾さんを更に調子に乗せてしまっていた。
ただ水に飛び込むだけだ。ちょっとそこいらのプールにある飛び込み台なんかより高いところから、服を着たまま。
二人一緒に。手を繋いで。
(続きます)
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